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スピリチュアルをやる? -昔のブログより

2013-01-08 16:17:42 テーマ:ブログ

時々 クライアントから 「なんでスピリチュアルをやろうと思ったのですか?」 という質問を受ける。

「スピリチュアルをやる」・・・
「スピリチュアルをやる」ってなんだ?

確か6~7年前に 仲良くしていたクライアントの一人から、「最近は”スピリチュアルをやる”っていうんですよ。」 と 教えてもらったことがあった。

私は一度も ”スピリチュアル” を やろうと思ったことはない。

ただこの仕事は”する”ことだからしているだけだ。
意味がわからないので、たぶんこの質問は
「何でこのお仕事をするようになったのでしょうか?」
という意味だろうと 自分なりに解釈し、 セッションルームをするようになったきっかけや、リーディングをするようになったきっかけをお話している。
”スピリチュアル”とは、精神的な思考、見方、捉え方、そして更に生き方のことを言うのだと思う。

だから特殊なことではなく、日常の生活の中に、この世の中のに既に存在しているものだと思う。

見方や考え方、捉え方が変わると同じことでもぜんぜん違うことのように感じる。

現実が違ったものになる。

 

例えば、一緒にいる人の顔に鼻クソがついていたとする。

その時に 「鼻くそがついてるよ」 と教えると、

ある人は すごく憤怒して 「信じられない!こんなとこで鼻くそついているなんて言うなんて! 」 と言って鼻を隠すかもしれない。

またある人は 「え~ どこ、どこ~?」 と言って鼻の穴を広げるかもしれない。

そして 教えてくれた人に 「ありがとう」 と感謝さえするだろう。

前者の方は恥ずかしめられたと捉え、後者は ”ただ起こっていること” で何てことないことだと思っている。

 

”スピリチュアル”とは 人の心の持ちようだ。

一つの事を善いか悪いかだけではなく、様々な角度から解釈できる、捉えられるように、見られるようになることだと思う。

そして ”ただ” という状態になることだと思う。

 

精神性が上がれば 現実にそれがあることがわかってくるのだろう

 上は下で 下は上

  内は外で 外は内

 

”スピリチュアルをやる” というのはわからない。

たぶんこのような質問をする人は、スピリチュアルというのを特殊なものだと捉えているのだろう。

オーラが見えたり、光が見えたり、天使や妖精、はたまた幽霊が見えたり、メッセージを受け取ることがスピリチュアルなのではないと思う。

これらは単にその人の特技だ。

ピアノが弾けたり、絵が描けたり、走るのが速かったり、遅かったり、外国語を早くしゃべれるようになったり、通訳ができたり・・・

みんなある程度は同じ能力をもっている。

練習すれば、勉強すれば ピアノだって弾けるし、絵だって道具さえもてば 点を紙に一つ描くだけでそれはもう絵にもなる、脚があれば走れる、口があればしゃべれる。

ただ同じ事をしても、同じように練習したり、勉強したりしても ピアニストになれるのはごくわずか。

画家になるのもスポーツ選手になるのも、外国語が話せても通訳になれるのは それができる全員ではない。

その人に与えられた特技だ

私なんかバレエを何年やっても、どんなに一生懸命やっても ちっともバレリーナのようにはなれない  故障ばかりしてしまうありさま。

(ちょびっとづつ、進歩しているようだけど。。。 ちょびっとづつ・・・ね )

セラピストやヒーラー、チャネラーになるのもそれと同じ。

その人の特技。

特技 = 特別な技 = ギフト

ギフトは活用する。 生かすために与えられた。

誰もに ”ギフト” はある。

何かに、誰かに憧れるのではなく、一人一人が自分のギフトに気づき、受け取ることだ。

スピリチュアルな考え方、捉え方になるために、ヒプノセラピーやリーディングなど、他にも様々な技法が自分の制限を知るため、何を持っているかを知るために存在している。

ただの技法。道具。

 

私もヒプノセラピーで自分の抑圧しているものを解放したり、大泣きしたりして、気づいていなかった自分を知ったことで考え方、見方が変わって、世界が変わって見えてきた。

楽になった。

そして自分が好きになってきた。

 

そして、私がリーディングをするようになったのは、見方が変わり、いろんなものがそぎ落とされたことで私に与えられていたギフト が露出してきたからだ。

そして そのギフトを嫌い、拒んでいたために、気づき、受け取るために、そちらに向かうある事件が起こったのだ。

 

自分の ギフト はどんなものでも、使わなくてもいいけど、拒絶しないほうがいい。

ありがたく受け取ることだ。

でないと痛い目に会う ・・・ というのが 私の経験から得た教訓

 

もしかするともっとたくさんギフトがあるかもしれないぞ!

特技だけでなく、この身体も、この性質も・・・

痛い目に会う前に、全部与えられているものは受け取ろう! 善くも悪くも・・・ね。

すべては大事なプレゼント

 

”ある事件” については また後ほど・・・